マタイの福音書25章14~30節

三位一体 第十五主日礼拝          2026.9.6
聖書箇所: マタイの福音書25章14-30節
説 教 題: 「預かったタラント」
説 教 者:     辻林 和己師

主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。おまえはわずかな物に忠実だったから、多くの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』  マタイの福音書25章21節 (p53)

序 論)主イエスは世の終わりとご自身の再臨について弟子たちに語られました。(24章4-51節)
 天の御国と再臨について「花婿を迎える十人の娘のたとえ」(1-13)を語られた後、続いて「タラントのたとえ」を話されます。
 このたとえを通して示されることは…

1.それぞれの能力に応じて
 旅立つ主人が、「自分のしもべたちを呼んで財産を預け」ました。(14)
 主人は三人のしもべたちに五タラント、二タラント、一タラントを渡しました。(15)
 「タラント」(ギリシア語)は英語の「talent」(タレント)の語源となったことばです。
 タレントは、その人の持って生まれた「特別な才能」を表します。
 しかし、このたとえの「タラント」はその意味では使われてはいません。このタラントは、しもべたちが管理するよう主人から預けられた財産です。
 タラントは「それぞれの能力に応じて」与えられました。(15)
 一タラントは六千デナリ。一デナリを一日分の労賃とすると、五タラントは一生涯の労賃となります。
 五タラント、二タラントを任された二人のしもべはそれぞれの資金を有用に生かし、それぞれ相応の「もうけ」(利益)を得ました。(16-17)
 主人が戻ったとき、二人のしもべは自分たちのしたことを報告します。(19-20、22)
 二人は「良い忠実なしもべだ」とほめられ、さらに多くのものを任されることになりました。(21、23) 
 しかし、一タラント与えられたしもべは主人は「厳しい方だ」と思い込み、それを有効に用いませんでした。(18、24-25) 
 しもべのことばを聞いた主人は彼を「悪い、怠け者のしもべだ」(26)と叱り、持っていた一タラントも取り上げ、外の暗闇に追い出されます。(26-30)

2、神の恵みに応え、日々、忠実に歩む
 このたとえで、神様と主イエスが「主人」に、キリスト者(弟子たち)が「しもべ」にたとえられています。
 旅に出かけた主人が「かなり時がたってから」(19)戻って来られたことは、主イエスの再臨まで、神が定められた期間があることを示しています。
 このたとえで、その期間に生きる弟子たちがどう歩むかが語られています。
 ここで語られた「タラント」は、教会の歴史の中で、「神様が与えてくださっている恵み、賜物」を意味することばとして受け止められるようになりました。
 神様は、一人ひとりに必要な「タラント」を託しておられます。
 そして、各自が委託されたものを生かすことが期待されています。
 また、定められた期間が終わると必ず「清算」の時があることも伝えています。(19)
 清算はゆだねられた額に応じてなされ、それに対する忠実さが問われます。
 清算の結果、忠実な者にはさらに豊かなものが任されますが、不忠実な者はゆだねられたものを失い、神様の前から遠ざけられて後悔します。(28-30)
 与えられた一タラントを活用しなかったしもべは、神様を「厳しい方」(24)だと誤った見方をしていました。(24-25)

結 論)私たちは、いのち、時間、身体、金銭、様々な才能等、多くの賜物を神様から与えられています。
 そして、何よりも主イエスの十字架と復活による罪の赦しと永遠のいのちという救いの恵みが最大の賜物として神様から与えられています。
 私たちは与えられた救いの賜物を喜びと感謝をもって受け取り、神様からの賜物を用いさせていただきましょう。
 主イエスは、信じ従う私たちと共に歩まれ、喜びの中に招いてくださるのです。(21、23)
 主の再臨までの時は、神様から託されたものを生かす時です。大切なことは、主に対する忠実な生き方です。
 愛と恵みに満ちたお方、主イエスの再臨を待ち望みつつ、 日々、忠実に歩みましょう。