三位一体・第十三主日礼拝 2026.8.23
聖書箇所: 詩編34編1~10節
説 教 題:「いつも主への賛美を」
説 教 者:井上賛子師(荻窪栄光教会)
「私はあらゆるときに、主をほめたたえる。私の口には、いつも主への賛美がある。」詩篇34篇1節
皆さんは、こわい思いをしたことがありますか。子どもなら、暗いところに一人でいる時や、迷子になった時かもしれません。大人になっても、怖いものがなくなるわけではありません。病気、家族、仕事、将来のこと、そして長い人生の中で経験した大きな苦しみや別れの悲しみがあります。人は誰でも恐れを経験します。
今日の詩篇34篇は、そんな私たちに「私はあらゆるときに、主をほめたたえる。私の口には、いつも主への賛美がある」と語ります。「あらゆる時」「いつも」という言葉は、とても大きな意味を持っています。なぜなら、この詩篇を書いたダビデは、恐れや苦しみを知らない人ではなかったからです。
ダビデは、サウル王に仕え、ゴリアテを倒した英雄でした。しかし、人々から愛されるようになると、サウル王に妬まれ、命を狙われるようになりました。ダビデは逃亡生活を送り、敵であるペリシテ人の町ガテにまで逃げました。ところが、そこでも正体が知られ、「この人は英雄ダビデではないか」と危険な状況になります。そこでダビデは、命を守るために狂った人のふりをしました。門の扉に傷をつけ、ひげによだれを垂らすという、何とも惨めな姿になったのです(サムエル記第一21:13)。そんな経験をしたダビデが、「いつも主への賛美がある」と歌っています。これは何も怖いものがない人の言葉ではありません。ダビデは10年近くも逃亡生活を過ごしました。そのダビデが「いつも主への賛美がある」というのです。このダビデの告白を三つに分けて見ていきましょう。
第一に、怖い時にも主を求めることです。4節でダビデは、「私が主を求めると、主は答え、すべての恐怖から 私を救い出してくださった」と語ります。ダビデには「ここへ行けば絶対安全だ」と言える場所がありませんでした。それでも彼は主を求めました。彼は「自分の力で切り抜けた」とは言わず、「主が答えてくださった」と告白します。
6節でも、「この苦しむ者が呼ぶと、主は聞かれ すべての苦難から救ってくださった」と語ります。ダビデは自分を「イスラエルの勇士」や「ゴリアテを倒した英雄」と呼ばず、「この苦しむ者」と呼びました。神の前では、自分の弱さや惨めさを隠さなかったのです。そして、その弱い者の叫びを主は聞いてくださいました。
詩篇56篇も同じくペリシテ人に捕らえられた時の歌です。3節に、「心に恐れを覚える日 私はあなたに信頼します」とあります。信仰とは、恐れを感じなくなることではありません。恐れながらも、「主よ、助けてください」「主よ、あなたに頼ります」と主を求めることです。
第二に、怖い時こそ主を仰ぎ見ることです。5節には、「主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。彼らの顔は辱められることがない。」とあります。恐れている時、私たちは目の前の問題ばかりを見てしまいます。病気、人間関係、失敗、将来への不安などを見続けると、問題がますます大きく感じられます。しかしダビデは、目の前の敵だけを見るのではなく、主を仰ぎました。
主を仰ぎ見たからといって、問題がすぐ消えたわけではありません。ダビデはその後も長い間、サウルから追われ続けました。それでも、主を見ることで、恐れに心を支配されずに生きることができました。人から見れば、狂ったふりをして逃げた姿は恥ずかしいものでした。しかし神の前では、人の評価がすべてではありません。主を仰ぐ者は、人の目ではなく神の前で生きることができるのです。
第三に、主の恵みを自分で味わうことです。8節には、「味わい、見つめよ。主がいつくしみ深い方であることを。」とあります。お菓子の味について、どれほど詳しく説明してもらっても、自分で食べなければ本当の味は分かりません。同じように、神様が良いお方だということも、知識だけでなく、自分の人生で経験することが大切です。
ダビデは、苦しみの中で主を求め、主が聞いてくださることを経験しました。その経験を通して、「主は本当にいつくしみ深い、良いお方だ」と味わい知ったのです。第一ペテロ2章3節でも、この詩篇の言葉が引用され、「あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。」と語られています。
最後に、もう一度1節を思い出しましょう。「私はあらゆるときに、主をほめたたえる。私の口には、いつも主への賛美がある。」あらゆる時とは、問題がない時だけではありません。恐れ、悲しみ、先が見えない時も含まれます。ダビデは、真っ暗な状況の中で主を求め、目を上げて主を仰ぎ、主の恵みを味わいました。だからこそ、苦しみの中でも賛美することができたのです。
私たちも、恐れがすべて消えてから、神様を賛美するのではありません。恐れの中で主を求め、不安の中で主を仰ぎ、毎日の生活の中で主の恵みを味わっていきましょう。うれしい時にも、悲しい時にも、元気な時にも、弱さを覚える時にも、主は変わらず良いお方です。そして人生の最後まで、「主よ、あなたは本当に素晴らしいお方です」と告白して歩みましょう。
ダビデは3節で、「私とともに主をほめよ。一つになって 御名をあがめよう。」と呼びかけています。私たちも、子どもから大人まで心を一つにして、恐れの中でも主を求め、主を仰ぎ、主の恵みを味わい、ともに主をほめたたえて歩みましょう。
