ヨハネの福音書2章1~11節

三位一体・第8主日礼拝       2026. 7. 19
聖書箇所:ヨハネの福音書2章1~11節
説 教 題: 「神の子の最初のしるし」
説 教 者:       辻林 和己師

それから三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があり、そこにイエスの母がいた。イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれていた。…イエスはこれを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。       ヨハネ 2章1-2、11節 (p.178)

序 論)主イエスは弟子たちと共に、ガリラヤのカナ(ナザレの近くの町)の婚礼に招かれました。そこには、主イエスの母マリアも招かれていました。(1-2)
 婚礼の席上で起こったことと、主イエスの言行を通して示されることは…

本 論)
1、主イエスが言われる「わたしの時」
 当時の結婚の祝宴はすべての親類、友人知人が招かれ、一週間から二週間にも及びました。(士師記14章17節p455参照)
 そこで客をもてなすぶどう酒がなくなってしまいました。
 それは、結婚式に客を招待した花婿とその家族にとって大きな恥となることでした。
 そのとき、母マリアは主イエスに、ぶどう酒がなくなってしまったことを率直に伝えました。(3)
 主は答えられます。(4)ここで主がマリアに呼びかけられた「女の方」という表現は、主イエスが女性に対して呼び掛けられる普通の言い方です。   (ヨハネの福音書4章21節p182、8章10節p195 等)
 「わたしの時」は、主イエスが十字架にかかられ、復活されるときを意味しています。(ヨハネの福音書12章23節p209、17章1節p219 等)
  主イエスのことばを聞いたマリアは給仕の者たちに主の言われることに従うようにと告げます。(5) 彼女はあとのことを主イエスに委ねました。
 この箇所でも示されているように主イエスは人間の願いに従って働かれたのではなく、いつも神様のみこころに従って歩んでおられたのです。

2、最初のしるし
 そこには、約100リットル入る石の水がめが六つ置いてありました。(6)
 主イエスは奉仕の者たちに水がめ六つに水を満たすように命じられました。(7)
 彼らは言われた通りに行いました。
 続いて主は彼らにそれを汲んで、宴会の世話係のところに持っていくように言われました。(8)
 そこに奇跡は起きたのです。水は最上のぶどう酒になっていました。(9a)
 すべて主イエスがなされたことだと知らなかった世話係は、花婿のしたことだと思って彼を誉めました。(10)
 給仕の者たちは誰がなされたことか知っていました。(「水を汲みし僕(しもべ)どもは知れり」(9)文語訳)
 主イエスはカナにおいて「これを最初のしるし」として行われ、ご自身の栄光を現わされました。
 ヨハネの福音書の中で、イエスがなされた七つの「しるし」が記されています。
 主イエスの「しるし」(奇跡)は、主イエスが神の御子、救い主であることを証しするためであり、人を癒やし、救うためになされました。
 どんなときでも主イエスはその御力を自分のために用いることはなさいませんでした。
 また、その御力は人間の思いや願いを満たすために用いられたのでもありません。それはただ神様のご栄光が現されるために用いられたのです。

 結 論)主イエスの弟子たちは、この「最初のしるし」によって、主を信じました。(11)
 ここで、主イエスを信じたのは、婚礼の場の花婿・花嫁でもなく、マリアや世話役でもありませんでした。
 主イエスを信じたのは弟子たちであり、ここでの出来事によって彼らはさらに主に従う者とされたのです。
 ここでの婚礼を祝福された主イエスは私たち一人ひとりのことも祝福してくださるお方です。
 主イエスの十字架と復活による救いのみわざは既になされました。私たちは、今、その恵みにあずかっています。
 主イエスの祝福の中で、主への信仰がさらに強められ、主と教会に仕えてまいりましょう。

(参考)     
絵画 『カナの婚礼』(1563年 制作)
         パオロ・ヴェロネーゼ(1528-1588)
         (イタリアルネサンス期の画家)

     『イエス・キリストの生涯』(三浦綾子著)