三位一体 第十一主日礼拝 2026.8.9
聖書箇所: マタイの福音書24章15-31節
説 教 題: 「人の子の到来」
説 教 者: 辻林 和己師
ですから、たとえだれかが『見よ、キリストは荒野にいる』と言っても、出て行ってはいけません。『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはいけません。人の子の到来は、稲妻が東から出て西にひらめくのと同じようにして実現するのです。
マタイの福音書24章26-27節 (p51)
序 論)オリーブ山におられた主イエスは弟子たちに、ご自身が再び来られる前に起こる「世が終わる時のしるし」に(3)ついて語られました。(1-14)
さらに主は彼らに警告されます。
主のみことばを通して示されることは…
1.大きな苦難の日数が少なくされる
預言者ダニエルが預言した「荒らす忌まわしもの」の行いは、BC2世紀にアンティオコス・エピファネス王(セリウコス朝シリアの王 在位BC175年~163年)がエルサレムの宮(神殿)で偶像礼拝を行ったこととAD70年にローマ軍がエルサレムを侵略し、神殿を破壊することを預言していると受け止められています。(15) (ダニエル書9章27節p1527等)
主イエスはそれが起こった時、エルサレムから「山へ逃げなさい」と言われます。(16)
17-18節のことばは、急いで逃げ出すようにという勧めです。
その時、妊婦や乳飲み子を育てている母親は対応できないような緊急事態が起こると警告されます。(19)
当時、ユダヤ地方は冬は雨季で道がぬかるみ、安息日にはエルサレムの門が閉じられ、物資の調達も難しくなりました。そのため主イエスはそれが「…冬や安息日にならないように祈りなさい」(20)と言われました。
その時に起こることは未曾有の大きな苦難ですが、選ばれた者たちのために、神様がその期間を縮められます。
そうでなければ、すべての者が命を失うことになります。 (21-22)
こうした状況で救い主を待望する人々の思いに乗じ、キリストの到来を告げる者たちも出て来ます。(23)
偽キリストたちや偽預言者たちは、「大きなしるしや不思議」をして見せます。(24)
しかし、私たちは神のご愛と主イエスに信頼し、彼らに惑わされてはいけません。(25)
2、人の子のしるし
26節は偽キリストや偽預言者の姿が示されています。
彼らを「信じてはいけません。」(26)
なぜなら、人の子(主イエスがご自身を指していわれるときのことば)は、誰にでもわかるように到来されるからです。 (27-28)
「そうした苦難」(29)は21-22節に記されていることです。その後、起こる天変地異は宇宙の秩序の大変動と受け取ることが出来るし、太陽、月、星と結びついた諸霊(偶像)に対するさばきを示していると考えることも出来ます。
ここで言われる「人の子のしるし」(30a)が具体的に何であるかはわかりませんが、それが現れたら誰でもわかるようなしるしだと考えられます。
主イエスに逆らっていた「地のすべての部族」は、栄光を帯びてこられる主を見、来るべきさばきを思って嘆き悲しみ(あるいは悔い改め)ます。(30b)
その時、人の子(主イエス)は「大きなラッパの響きととともに」御使いたちを遣わされ、ご自身が「選んだ者たち」(神の民)を集められます。(31)
結 論)天に現れる「人の子のしるし」は、十字架のしるしではないか、という説があります。(30)
主イエスが私たちの罪のために十字架にかかられ、血を流されたのは、神の愛の現われであり、私たちへのご愛のしるしです。
私たちを愛し、十字架で死なれ、復活された主イエスだけが私たちの真実な救い主です。
この世界には様々な苦しみや悲しみがあります、しかし、私たちは、この世界を本当に支配しておられるのは、主イエスの父なる神様であることに心を向け、信頼して歩みましょう。
主イエスがもう一度、地上に来てくださる時(再臨の時)、私たちは「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」と賛美し、喜びをもって主をお迎えします。(マタイの福音書23章39節p50)
再臨の主を待ち望みつつ、地上でのそれぞれの務めを果たしながら主を証ししてまいりましょう。
