ヨハネの福音書20章1~10節

復活節 第1主日礼拝        2026.4.5
 聖書箇所: ヨハネの福音書20章1-10節
 説 教 題: 「空になった墓」
 説 教 者:     辻林 和己師

そのとき、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来た。そして見て、信じた。彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかった。ヨハネの福音書20章8-9節 (p.227)

序 論)
受難週の金曜日、主イエスは十字架にかかられ死なれました。(19章30節p226)
 その日のうちに、主のみからだは、十字架から取り降ろされます。(19章38節)
 そして、主が十字架につけられた場所にあった園の「まだだれも葬られたことのない新しい墓」に、みからだは納められました。(19章41-42節)
 「週の初めの日、朝早くまだ暗いうちに」(1)起こった出来事を通して示されることは…

本 論)
1、マグダラのマリアの驚くべき知らせ
 「マグダラのマリア」(1)は主イエスが十字架にかかられたとき、そのそばに立っていた四人の女性の一人でした。 (19章25節p226)
 彼女は墓の入口を封じていた石が取りのけられているのを見ました。(1)
 彼女はそのことを、弟子のシモン・ペテロと「主が愛されたもう一人の弟子」(ヨハネ)のところに行って告げました。(2)(19章26節)
 彼女の「私たち」(2)ということばは最初に墓を訪れた者が複数であることを暗示しています。
 マリアは、誰かが主イエスのからだを別の場所に運んで行ってしまったと思い込んでいました。(2)
 彼女の知らせを聞いた、ペテロとヨハネは、墓に駆け付けます。(3-4)
 ヨハネの方が先に墓に着きました。
 彼は墓の中には入らず、外からのぞき込みます。(5)
 中には、主イエスのからだに巻いたはずの亜麻布が置いてありました。

2、二人の弟子が見て確かめたこと
 
続いてペテロが墓に着きます。(6)
 彼は、中に入り、そこに亜麻布が置いてあるのを見ました。
 亜麻布から離れたところに、主イエスの頭を包んでいた布が丸めてありました。(7)
 それから、ヨハネも墓の中に入って来ました。(8a)
 そして、彼は「見て、信じた」のです。(8b)
 このことばは、彼がマリアの知らせ(1)を信じたことを示していると受け止めることができます。
 しかし、ヨハネの福音書で「見て、信じた」という場合は、主イエスに対する信仰が生まれたことを意味しています。(2章23節p179、6章40節p190等)
 ヨハネは、復活された主イエスを信じたのです。
 けれども、ペテロとヨハネは、主イエスの復活は、旧約聖書に預言されていた、神のご計画であったことをこのときは「…まだ理解していなかった」(9)のです。
 後のペンテコステの日、弟子たちに聖霊が降りました。 (使徒の働き2章1-4節p233)
 ペテロはエルサレムで人々に説教し、主イエスの復活を語るとき、詩篇16篇8-11節(p945)を引用しています。(使徒の働き2章25-28節p235)
 墓の中に入って、そこが「空(から)」であったことを確かめたペテロとヨハネは、「再び自分たちのところに帰って」行きました。(10)

結 論)主イエスは十字架にかかられ、死なれました。しかし、墓は空になっていました。
 主はよみがえられた(復活された)のです。
 主イエスは、十字架と復活によって、罪と死と悪魔に打ち勝たれたお方です。
 今回の聖書箇所の続きに記されているように、復活された主イエスは、マグダラのマリアにそして、弟子たちに御姿を現わされました。(11-18)
 今も、主イエスは、聖霊によって私たちを訪ねられ、聖書のことばを通して、御声をかけておられます。
 そして、主を信じ、従う者としてくださいます。
 復活され、今も生きておられる主イエスと共に、歩み続けてまいりましょう。

(参考)
 『復活の朝、墓へと走る使徒ペテロとヨハネ』
   スイス出身の画家ウジェーヌ・ビュルナン
   (1850-1921)が1898年に描いた作品。