ヨハネの黙示録21章1~8節

三位一体 第22主日礼拝     2026.10.25
聖書箇所:ヨハネの黙示録21章1-8節
説 教 題: 「新しい天と新しい地」
説 教 者:     辻林 和己師

また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。
  ヨハネの黙示録21章1-2節(p516)

序 論)ヨハネの黙示録は、「しもべヨハネ」(12使徒の一人、ゼベダイの子ヨハネだと考えられている)によって記されました。(ヨハネの黙示録1章1節p491  )
 神様は天と地を創造されましたが、人間の罪によって地は汚されてしまいました。(創世記1章~3章)
 この箇所は、主イエスがもう一度、地上に来てくださり、やがて新しい天と新しい地が開かれることが記されています。(1)
 この箇所を通して示されることは…

本 論)
1、新しいエルサレム
 「海」はここでは文字通りの海ではなく、邪悪な場所を象徴しています。「もはや海もない」(1)はそれがなくなり人類の間に平和と安全とが回復することを示しています。
 「聖なる都、新しいエルサレム」(2)は、現在のエルサレムではなく、「回復された楽園」です。
 それは創世記1-2章の「エデンの園」に対応しています。
 創世記のこの箇所では神の臨在の地は、農園として記されていますが、黙示録では回復された楽園が都市として記されています。
 「人々は神の民となる」(3)とは、かつて神様がアブラハムに約束された「地のすべての部族はあなたによって祝福される」(創世記12章3節p17)の完全な実現です。
 神の民は、神様と新しい交わりを持って生きるのです。
 神様は慰め主として、「彼らの目から涙をことごとくぬ ぐい取って」(4)くださいます。
 「最後の敵」(コリント人への手紙 第一 15章26節p.350)と言われる死さえも滅ぼされ、新天新地には存在しなくなります。
 「以前のものが過ぎ去った」(4)ので、死だけでなく、「悲しみ、叫び、苦しみもない」世界が開かれるのです。

2. わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる
 「御座に座っておられる方」(5)は、神様です。
 神様は「見よ、わたしはすべてを新しくする。」と言われます。これは、神様が天地を一新されることを私たちに再確認させることばです。
 アルファ(はじめ)でありオメガ(終わり)なるお方が「事は成就した。」(6)と宣言されます。
 主イエスが「渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる」(6)ことができるのは、主イエスがすでに十字架の死によって代価を支払ってくださったからです。 (コリント人への手紙 第一 6章20節p334)
 神様は、ご自身の民の霊的必要に対し、豊かに答えてくださいます。しかも、「いのちの水」を泉から無代価で与えてくださいます。
 これは、神様の祝福と恵みが惜しみなく豊かに与えられることを示しています。
 「これらのもの」(7)は、新天新地における祝福全体を指しています。
 神様は、「わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。」(7)と言われます。
 これは神様と神の民との親しい関係が述べられていることばです。
 さらに8節には、神様に信頼しない人々が様々な表現で記されています。彼らに第二の死が定まっているとの警告は厳粛です。
 第一の死は肉体の死であり、第二の死は霊的な永遠の死(神との断絶)を意味すると受け止められます。
 主イエスの十字架と復活によって、私たちが死からいのちに移される道が開かれたのです。

結 論)「相続する」(7)権利を持つ者は「子」です。
 十字架にかかり復活された主イエスを信じる者は「神の子となる特権をいただいています。(ヨハネの福音書1章12節p175)
  主イエスは、私たちがこの地上の生涯を終えて、御国に移されるときも、共にいてくださいます。 (マタイの福音書28章20節p64) (詩篇23篇1-6節p954)
 主イエスを信じ、主と共に永遠のいのちに生かされて歩んでまいりましょう。