マルコの福音書1章14~20節

三位一体・第十九主日礼拝   2026.10.4
聖書箇所:マルコの福音書1章14-20節
説 教 題: 「わたしについて来なさい」
説 教 者:          辻林 和己師

イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。     マルコの福音書1章17-18節 (p66)

序 論)マルコの福音書は、四つの福音書の中で最も短い、最古の福音書と言われます。
 この福音書を書いたマルコは、主イエスの弟子ペテロ(今回の箇所では「シモン」(16)と呼ばれている)から「私の子マルコ」と呼ばれました。(ペテロの手紙 第一 5章13節p472)
 彼は、ペテロから聞いたことをもとにこの福音書を書いたのではと考えられています。
 この福音書の始まりから今回の箇所までに記されている主イエスの言行を通して示されることは… 

本 論) 
1.時が満ち、神の国が近づいた
 この福音書は「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ」(1)ということばから始まります。
 ここでの福音とは、イエス様が神の御子、救い主であることを伝える知らせであり、主イエスご自身をも意味しています。  
 救い主イエス様をお迎えする備えをするため、先駆者としてバプテスマのヨハネが荒野に現れました。(4)
 主イエスはヨハネから洗礼を受けられました。(9-11)
 その後、聖霊は主を荒野に導かれました。(12)
 荒野での試みに勝利された主イエスは、福音を宣べ伝られました。(14-15)
 今や、「時が満ち」、主イエスは宣教を開始されます。(15)
 その頃は、「ローマの平和」と呼ばれていた時代でした。
 ローマ帝国内は、整備された道路網が張り巡らされ、ギリシア語が世界の共通語となっていました。
 後にこの福音は、全帝国内に宣べ伝えられていきます。
 ある日、主イエスはガリラヤ湖畔を歩いておられました。その時シモン(ペテロ)とその兄弟アンデレに出会われます。 (16)  「湖で網を打っている」(16)とは、彼らが漁師の仕事をしている最中であったことを示しています。
 主イエスは、二人に御声をかけられます。(17)
 すると、ペテロとアンデレは「すぐに網を捨てて」、主イエスに従いました。(18)
「網を捨てる」とは漁師の仕事を辞めることを意味しています。  

2、人間をとる漁師
 続いて、主イエスはヤコブとその兄弟ヤコブをご覧になりました。(19)
 彼らは「網を繕って」いました。彼らは網を修繕していただけでなく、その後、網をたたんで次の夜のために準備しようとしていたことでしょう。
 主イエスは、ペテロたちと同じように、二人に御声をかけられました。(20a)
 ヤコブとヨハネも、家族や生活の手段を捨てて、主イエスに従いました。(20b)
 彼らは躊躇(ちゅうちょ)することなく、従ったのです。
「人間をとる漁師」は、福音を伝えて人々を主イエスによる救いに導く人のことです。
 ペテロ、アンデレ、ヨハネ、ヤコブは、後にそれぞれ十二弟子の一員として任命されます。(マルコの福音書2章16-18節p68)
 ペテロ、ヤコブ、ヨハネは主イエスの側近の弟子として行動を共にしました。(マルコの福音書9章2節p84等) 

結 論) 主イエスは四人の日常生活のただ中に歩いて来られ、「神の国」(15)への招きの御声をかけられました。
 主イエスは神の御子の権威をもって彼らを招かれ、彼らは素直に従いました。
 彼らは、召した方(主イエス)に信頼し、その時の生活手段を棄て、その場で従いました。
 こうして、神の国がパレスチナの地の一角に到来したのです。
 十二弟子は、主イエスの十字架刑の前に主を裏切って逃げてしまいました。しかし、主は十字架で死なれた後、復活され、弟子たちを訪ねて行かれました。
 主のご愛に触れ、悔い改めた弟子たちは、福音宣教に励み、生涯、主に従い続けたのです。
 今も、主イエスは私たち一人ひとりを訪ね、聖書のみことばを通して語りかけておられます。
 主の招きに応え、主を信じ、従う歩みを続けていきましょう。
 それぞれ、置かれている所で、主イエスを証ししてまいりましょう。