イザヤ書41章8~16節

公現節 第1主日礼拝      2026.1.4
聖書箇所: イザヤ書41章8-16節
説 教 題: 「主の義の右の手」
説 教 者:     辻林 和己師

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。イザヤ書41章10節  (p.1233)

序 論)
イザヤ書40章からは、BC7世紀頃、預言者イザヤの晩年の時代に、神様がイザヤに語られたことばが記されています。
 今回の箇所を通して示されることは…

1、御手による助け
 
イザヤの時代から約150年後、70年間バビロン捕囚の中にあったイスラエルの民はペルシアの王クロスによって解放されます。(BC538年)
 この「一人の者」(2)は、クロス王のことを預言していると受け止められています。
 イスラエルの民を解放する人が現われる、と聞いてもまだ偶像により頼む人たちがいました。(7)
 しかし、神様はイスラエルの民に呼びかけられます。(8)
 ここでの「ヤコブ」は、神様が「わたしの友アブラハムの裔」と言われるイスラエルの民のことです。
 神様はヤコブに「わたしのしもべ」と呼ばれます。(9)
 そして、神様は「恐れるな。…」と語られ、どんな時もともにいてくださると励まされました。(10)
 「わたしの義の右の手で、あなたを守る」は「わたしの「救いの右の手であなたを支える」(新共同訳)、「わが勝利の右の手をもって、あなたを支える」(口語訳)とも訳されています。
 「義」の原語「ツェデク」(ヘブル語)は、「勝利」や「救い」という意味も含まれています。
 神様が選ばれたイスラエルの民に敵対する者は、やがて全くないもののようになってしまう」のです。(11-12)
 それは神様がイスラエルの民を「主のしもべ」として遣わされるからです。
 再度、神様は「あなたの神」と言われ、イスラエルの民に御助けを約束されます。(13)
 「右の手を固く握り」(13)の「右の手」は全存在を意味し、「固く握る」は、神様が民を支え助けられることを意味しています。

2、イスラエルの民を贖われるお方
 さらに、神様はイスラエルの民に語られます。(14-16)
 「虫けらのヤコブ」(14)(「虫けらのようなヤコブよ」(新共同訳)、「虫にひとしいヤコブよ」(口語訳))は、民への軽蔑のことばではなく、民が弱い惨めな状態に置かれていることを強調するために、そのように言われています。
 「あなたを贖う者」、「イスラエルの聖なる者」とは、神様のことです。(14)
 ここでの「贖う」は「救い出す」という意味です。
 神様は、かつて、エジプトで奴隷となっていたイスラエルの民を、モーセを遣わして救い出されました。
 そして、バビロンに捕囚となる民を、キュロス王を通して救い出されます。
 たとえ弱い無力なイスラエルの民であっても、神様によって、主のしもべとして用いられる時、「鋭く新しい両刃の打穀機」(15)のように、敵に打ち勝つ力が与えられます。 (15-16)
 神様が言われる「わたしのしもべ」は、イスラエルの民を指すとともに、やがて来られる、「救い主」(メシア)を指し示していることがイザヤ書全体を通して明らかにされていきます。
 このときイスラエルの民の中には、神様の御心にかなう「助言者」はいませんでした。(41章27-28節p1235)
 しかし、やがて神様が民に送られる救い主が「不思議な助言者」となられることをイザヤは預言します。 (イザヤ書9章6節p1181)

結 論) イザヤの預言から約700年後、神様は地上に救い主イエス様を送ってくださいました。
 主イエスは、「主のしもべ」として、歩まれ、十字架の死と復活によって、私たちを罪から救い、贖いのみわざを成し遂げてくださいました。
 主イエスは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」と言われます。(マタイの福音書28章20節p64)
 今も、父なる神様は、御子イエス様を通して、義、勝利、救いの御手を伸べてくださり、私たちを助け、支えてくださるのです。
 新しい年、私たち自身も、主イエスによって「主のしもべ」とされ、主の全能の御手に信頼し、それぞれの務めに取り組んでまいりましょう。