三位一体・第19主日礼拝 2025.10.19
聖書箇所: イザヤ書44章21-22節
説 教 題: 「わたしはあなたを忘れない」
説 教 者: 辻林 和己師
ヤコブよ、これらのことを心に留めよ。イスラエルよ、あなたはわたしのしもべ。わたしがあなたを形造った。あなたは、わたし自身のしもべだ。イスラエルよ、あなたはわたしに忘れられることがない。イザヤ書44章21節 (p.1242)
序 論)神様は、預言者イザヤを通して、イスラエルの民に語りかけられます。
この章では、偶像のむなしさ、ご自身が創造主であり、贖い主であることを示されることばが記されています。
今回の箇所を通して示されることは…
1.神が人を形造られた
ここでの呼びかけのことば、「ヤコブよ、…イスラエルよ」はイスラエルの民に対してのものです。(21ab)
「しもべ」は「主人に仕える者」であり、「主人の期待を配慮できる者」のことです。
神様が民をしもべと呼ばれるのは、しもべに対して配慮されるご自身への信頼を呼びかけられるためです。
神様がなされたみわざは、「あなたを形造った」ことです。(21c)
神様は、人をご自身のかたちとして創造されました。(創世記1章27節p2)
そして、人に「いのちの息」を吹き込まれました。(創世記2章7節p3)
神様は人をご自身との交わりを持ちつつ生きることを願って人を創造されました。
しかし、人は造り主である神様のもとを離れ、神を忘れ、罪ある者となりました。
イスラエルの民も神に背き、様々な罪を犯しました。
しかし、神様はイスラエルの民を見捨てられることなく、預言者を通して、ご自身のもとに立ち帰るよう、呼びかけられたのです。
神様はどんなことがあってもイスラエルの民をお忘れになることは、ありません。(21d)
2、神がイスラエルの民を贖われる
神様に対する背きも罪も、造られた者(被造物)である、人間の力ではどうすることもできません。
しかし、神様は「あなたの背きを雲のように、あなたの罪をかすみのように消し去った」と言われます。(22a)
神様が罪の赦しを宣言されたのは、イスラエルの民が悔い改めて神に立ち帰ったからではありません。
だからこそ、「わたしに帰れ」と呼びかけておられます。(22b)
立ち帰ってもいないのに、神様が一方的に罪の赦しを宣言しておられます。
それは、神様がイスラエルの民の罪を贖ったからだ、と言われます。(22c)
神様が仰られる「これらのこと」(21a)とは、21b-22節で述べられている全体のことです。それを「心に留めよ」と言われます。(21b)(「思い起こせ」(新共同訳))
この後、イスラエルの民は、バビロン軍の侵略により、エルサレムの神殿崩壊、バビロン捕囚を体験することになります。(BC587年)
イザヤの預言から約150年後、ペルシアの王キュロスによって、イスラエルの民は解放され、ユダヤの地への帰還が許されました。(BC538年)
結 論)イザヤが預言者として活動した約700年後、イスラエルの民の中から、救い主イエス様は地上にお生まれになりました。
そして、ご自身の十字架の死と復活を通して、贖いを成し遂げてくださいました。
主イエスを神の御子、救い主と信じる者は、罪赦され、永遠のいのちに生かされます。
主イエスは、どんなときも私たちと共にいてくださいます。(マタイの福音書28章20節p64)
私たち一人ひとりのことを心に留め、配慮しておられる父なる神様に信頼し、主イエスと共に歩んでまいりましょう。
(参考)
「忘れないで」 作詞、作曲 山内修一
1、忘れないでいつもイエス様は 君のことを見つめている
だからいつも絶やさないで 胸の中のほほえみを
2、だけどいつか激しいあらしが 君のほほえみ吹き消すでしょ
だからいつも離さないで 胸の中のみことばを
3、忘れないで悲しみの夜は 希望の朝(あした)に変わることを
だからすぐに取り戻して いつもの君のほほえみを
