平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。マタイの福音書5章9-10節 (p.6)
序 論)マタイの福音書5~7章は主イエスの「山上の説教」が記されています。
5章の前半は、天の御国の民とはどんな人たちかが語ら れます。主の「八福の教え」を通して示されることは…
本 論)
1.平和をつくる者
神様はあわれみ深いお方です。
「主は あわれみ深く 情け深い。 怒るのに遅く恵み豊かである。」(詩篇103篇8節p1040等)
主イエスは弟子たちに互いにあわれみを示すこと、愛し合うことを願われました。(7)
人に対してあわれみ深くある者は、自ら神様のあわれみ を受けます。
次に主は「心のきよい者は幸いです。…」と語られます。 (8)
人間は神様の御前に罪ある者であり、心けがれた者です。
神様は、すべての人を罪から救うために御子イエス様を私 たちに与えてくださいました。
主イエスの十字架の死と復活によって私たちは罪の赦しをいただきました。
神様が私たちの罪を示され、その罪を認め、悔い改め、主の十字架による罪の赦しを信じる者は罪が赦され、心きよめられます。(ヨハネの手紙 第一 1章7-9節p478)
続いて主イエスは弟子たちに平和を守るだけでなく、平和をつくる者の幸いを語られます。(8)
私たちは罪のために神様を愛し、人を愛することができなくなってしまいました。
主イエスはそのような私たちのため十字架によって神と人、人と人との間の隔ての壁を取り除き、和解をもたらしてくださいました。 (エペソ人への手紙2章11-18節p386)
世は争いに満ちていますから、そこに和解をもたらそうと務める弟子たちの姿に、人々は「神の子ども」のしるしを見るのです。
2. 信仰のゆえに苦しむ人々の幸い
主イエスを信じ、従う弟子たちはときに「義のために迫害される」(10a)ことがあります。
主は、そのような者たちは幸いであり、天の御国はその人たちのもの、と言われます。(10b)
主イエスは「義のために…」(10a)、「わたしのために…」(11)と語られます。
自分の過ちの故ではなく、主の御名の故に悪口(あっこう)を浴びせられるなら、大いに喜びなさい、と主は言われます。(11-12ab)
旧約時代に神様に従った者たちも同じように迫害されました。(12c)
(エジプト王ファラオの敵意に直面したモーセ (出エジプト記)
女王イゼベルに脅迫された預言者エリヤ (列王記 第一 19章1-2節p636)
ライオンの穴に投げ込まれたダニエル (ダニエル書6章16-23節p1520) 等)
迫害は神様に従っていることのしるしでもありました。
結 論)私たちのことを神様はすべてご存じです。旧約時代のイスラエルの王ダビデも使徒パウロも敵の嘲りや迫害にあったとき、すべてを主にゆだねて歩みました。(詩篇55篇16-18、22節p.988)(ローマ人への手紙12章14-21節p318)
どんなに苦しみを受けても心きよく歩み、平和をつくり出す生き方をする者たちと主は共にいてくださり、その歩みを喜んでくださいます。
主のご愛と恵みをいただいて、神を愛し、隣人を愛する者、平和をつくる者として歩んでまいりましょう。
(参考)
アッシジのフランチェスコ(1182-1226)
「平和の祈り」
主よ、わたしを平和の器とならせてください。
憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに赦しを、
分裂があるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、
誤りがあるところに真理を、絶望があるところに希望を、
闇あるところに光を、悲しみあるところに喜びを。
ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。 理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する 者に。それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、許すことによって赦され、自分のからだをささげて死ぬことによってとこしえの命を得ることができるからです。
(参考)
「ハイデルベルク信仰問答」吉田隆訳
問3 何によって、あなたは自分の悲惨に気づきますか。
答 神の律法によってです。
問4 神の律法は私たちに何を求めていますか。
答 それについてキリストは、マタイの福音書22章で次のように教えておられます。
「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』
これが、重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。この二つの戒めに律法と預言者の全体がかかっているのです。」(マタイの福音書22章37-40節p47)
問5 あなたはこれらすべてのことを完全に行うことが できますか。
答 できません。なぜなら、わたしは神と隣人を憎む方へと生まれつき心が傾いているからです。
浅見仙作(1868-1952) 札幌の無教会の伝道者
ディートリヒ・ボンへッファー(1906-1945)
ドイツ福音主義教会(ルター派)牧師、神学者
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
(1929-1968)アメリカ合衆国 バプテスト派 牧師
公民権運動の穏健派指導者