あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に
捜すのですか。ここにはおられません。よみがえら
れたのです。
まだガリラヤにおられたころ、主がお話しになった
ことを思い出しなさい。
ルカの福音書24章5-6節(p.172)
序論)主イエスは十字架の上で死なれました。その日(金
曜日)の日没前、ご遺体は、アリマタヤのヨセフの所有する
墓に葬られました。(23章50-53節)
週の初めの日(日曜日)の明け方早く、主イエスに従って
きた女性たちは墓に向かいます。(1)
その日に起こったことは…
1.主の復活の宣言
女性たちは、正式な葬りをするため「準備しておいた香
料」を手に墓に向かいました。(1)
葬られた主のために、自分たちのできる精一杯のことを
させていただこうと願ったからです。
彼女たちが墓のそばに来た時、主イエスの墓をふさいで
いた大きな石がわきに転がされていました。(2)
さらに葬られたはずの主の御体が見当たらず、墓は空っ
ぽになっていました。
彼女たちは途方に暮れてしまいました。(3)
そのとき、目の前に突然、まばゆいばかりの衣を着た二
人の人があらわれました。彼女たちは恐ろしくなって顔を
伏せました。彼らはみ使いたちでした。
み使いは彼女たちに語ります。(5-6a)
十字架で死なれた主イエスのことをみ使いたちは「生き
ている方」と呼び、「よみがえられたのです」と語りまし
た。
父なる神様が主イエスを復活させられました。
誰も打ち勝つことができなかった死に主は勝利なさった
のです。み使いの言葉は、すべての人に死からの解放を告
げる勝利の宣言です。
2.主は信じる者と共に
さらにみ使いたちは、主イエスが語っておられた言葉を
思い出しなさいと告げました。(6b-7)
そのことを聞いて、女性たちは主イエスが語っておられ
たことを思い出しました。(8)
(ルカの福音書9章22節p131)
(主は男の弟子たちにもご自身の復活を何度も語ってお
られた。(マルコ8章31節、9章31節、10章34節))
彼女たちは、主がご自身の復活を約束しておられたこと
を思い出したのです。
彼女たちは、急いで弟子たちのところに帰り、自分たち
が見聞きしたことを伝えました。(9-10)
しかし、女性たちの証言は、使徒たち(弟子たち)には愚
かなことにしか聞こえませんでした。(11)
しかし、弟子のペテロは墓を見に行きました。そこには、
主イエスの御体を包んだ亜麻布だけが置いてありました。
彼は、その出来事に驚き、自分の所に帰りました。(12)
その後、主イエスは、女性たちや弟子たちに復活された
御姿をあらわされました。
(マタイの福音書28章9節p64等)
彼らにも主の復活を信じる時が備えられていたのです。
主イエスはよみがえられた、これは、女性たちが今まで
見聞きしていたどのような奇跡よりも、大きな驚きと喜び
をもたらしました。
復活された主イエスは「愚かで心が鈍い」弟子たちを
何度も訪ねて来て下さり、信じる者としてくださいました。
復活された主イエスは今も聖霊と聖書のみことばを通し
て私たちを訪ね、語り掛けてくださっているのです。
結論)今も、私たちを力づけ、信じる者とさせてくださる
のは聖書に記されている神のみことばです。
(ヨハネの福音書14章26節p215)
聖霊がみことばと共に働かれて、私たちは変わることの
ない神の御声を聞き、復活され今も生きておられる
主イエスとお出会いし、交わりを持ちながら歩む者とされ
るのです。
主が復活されたことを覚え、私たちは週の初めの日(日曜
日)ごとに共に集い、三位一体の神様
(父なる神、御子イエス様、聖霊)を賛美し、礼拝をささげ
ます。
復活の主は、悲しみ、途方に暮れ、恐れている者たちに
も、喜びと希望を与えてくださいます。
復活され今も生きておられる主イエスと共に私たちは歩
みます。
復活の命に生かされ、変わることのない喜びと希望を与
えてくださる主イエスを証ししてまいりましょう。