ヨハネの福音書5章19~30節

まことに、まことに、あなたがたに言います。
子は、父がしておられることを見て行う以外には、
自分から何も行うことはできません。
すべて父がなさることを、子も同様に行うのです。
           ヨハネの福音書5章19節 (p.185)

序 論)ベテスダの池の近くで、病人をいやされた後、
主イエスはユダヤ人たちに、父なる神様について語られました。
 神様をご自分の父と呼ばれたことがユダヤ人の反感を買い
ました。そして、彼らは主への殺意を募らせていきます。
(17-18)
 主イエスはさらに父なる神様とご自分の関係について語
られます。主のみことばを通して示されることは…

1.父なる神様に従われる御子
 御子イエス様は父なる神様のみこころを完全に知り、

それに従って歩みまれます。(19)
 父なる神様は御子イエス様を愛され、ご自分のみこころ、
ご計画を御子に示されます。(20)
 「これよりも大きなわざ」(20)は、この後の主イエスの
十字架による罪の赦しと復活を示しています。
 父なる神様が、御子イエス様を復活させられたように、
主イエスは私たちを復活させ永遠のいのちに生かしてくだ
さいます。(21)
 「父を敬う」(23)とは父なる神様を神として敬い、
神様との交わりの中で生きることです。そして、「子を敬う」
とは父なる神様が遣わされた御子イエス様を救い主として
信じ、従って歩むことです。
 御子イエス様を敬う者が、父なる神様を敬って生きる
ことができるのです。(23)
 そして、主イエスのことばを聞いて、「わたしを遣わさ
れた方」である父なる神様を信じる者は、永遠のいのちが
与えられ、さばかれることなく死からいのちへ移されてい
ます。(24)

2. 永遠のいのちの賜物
 さらに主イエスは「まことに、まことに、あなたがたに

言います。」(25)と言われ、語られます。
 ここでの「死人」は、「霊的に死んでいる人たち」で、
神様との交わりが失われている人たちのことです。
このことを聖書では「罪」と言います。
 そのような人たちも「神の子の声」(25)、主イエスの
みことばを聞いて信じる者は、罪の状態から救い出され、
永遠のいのちに生かされて真に生きる者とされるのです。
 父なる神様が御子イエス様に永遠のいのちをお与えに
なったのは、主イエスが、ご自分を信じる人たちに永遠
のいのちをわかち与えるためだったのです。(26)
 また主イエスは、「人の子」として、さばきを行う権威
をも父なる神様から与えられておられます。(27)
 ダニエル書7章13-14節(p.1522)でダニエルが預言した
「人の子」は、メシア(へブル後で「救い主」という意味)
のことであり、もう一度、地上に来られる主イエスの
ことを示しています。
 続いて、将来、世の終わりのときに再臨されるイエス様
がなされるさばきが語られます。(28-29)
 ここで言われる「善を行った者」とは、主イエスのみこ
とばを聞き、信じ従った者です。
 「悪を行った者」とは、ここでのユダヤ人たちのように
主イエスが神の御子であることを否定し、敵対し、亡き者
にしようとしている人たちを指して言われています。
 このさばきにおいても父なる神様は御子を全く信頼し、
その権威をゆだねられます。
 さばきを行う権威を父なる神様から与えられた主イエス
は、それを神様のみこころに従ってなされます。

結 論)神の御子イエス様は人となられ、ご自分を無にして
父なる神様のみこころに従われ、十字架の死に至るまで
従順に歩まれました。
           (ピリピ人への手紙2章6-9節p396)
 父なる神様は三日後にイエス様を復活させられました。
      (ピリピ人への手紙2章10-11節)
 主イエスは、今も、聖霊と聖書によって私たちに語りか
けてくださっています。
 永遠のいのちとは、父なる神様との交わり、
御子イエスとの交わりです。
      (ヨハネの福音書17章2-3節p220)
 みことばと祈りを通して、父なる神様と御子イエス様と
の交わりをさらに深めてまいりましょう。
 主イエスがご自分を空しくして、父なる神様にしたが
われたことにならい、私たちも父なる神様に祈りつつ、
みこころに従う歩みをなさせていただきましょう。