ヨハネの福音書4章27~38節

「…ですから、『一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れる』
ということばはまことです。わたしはあなたがたを、自分た
ちが労苦したのでないものを刈り入れるために遣わしまし
た。ほかの者たちが労苦し、あなたがたがその労苦の実に
あずかっているのです。」       
ヨハネの福音書4章37-38節 (p.183)

序 論)主イエスは、サマリアで出会われた女性に「御霊と
真理によって礼拝する時が来る。」と告げられました。(23)
 主とのやり取りを通して、彼女の霊の目が開かれたとき、
主は彼女にご自分がキリスト(救い主)であることを示され
ました。(26) その後の彼女の言動と主イエスが弟子たち
に話されたことを通して示されることは…

1.町に出て行って主イエスを証しする
 主イエスがサマリアの女性に大切な真理を告げておられ

たとき、弟子たちが買い物を終えて戻ってきました。彼ら
は主が彼女と話をしているのを見て驚きました。(27a)
弟子たちは、それを見てもあえてその理由を聞こうとはし
ませんでした。(27b)
 最初、彼女は、「ヤコブの井戸」に水を汲みに来ていま
した。しかし今は、それよりもはるかに大切な「生ける水」
(10)があることを知り、キリストかもしれないと思えるお
方とお会いしました。
 そのことをスカルの町の人々に知らせるために、急いで
帰って行ったのです。(28)
 彼女は、主イエスが成されたことを人々に告げました。
(29)
 この後、町の多くの人々は彼女の証言に促されて、ヤコ
ブの井戸の傍におられた主イエスのもとにやって来ます。(30)
 彼らは、主イエスから直接、お話しを聞いて、
イエス様をキリストと信じました。(41-42)

2. サマリアでの刈り入れ
 彼女が町の方に行っている間に、主イエスと弟子たちの

間で食べ物について会話が交わされます。(31-33)
 主イエスがここで言われる「食べ物」とは、
主イエスを遣わされたお方(父なる神様)のみこころを行い、
そのみわざを成し遂げられることでした。(34)
 先ほどまで、主イエスはサマリアの女性に「永遠のいの
ちの水」や「父なる神様への礼拝」について語られ、ご自
身がキリストであることを証ししておられました。
 主にとって、ご自身と福音によって人が変えられ、新し
く生まれることが大きな喜びであり力であられたのです。
 続いて主イエスは、当時の刈り入れに関することわざを
引用して、「刈り入れ」と「刈る者」について語られまし
た。(35-37)
 ここで、主イエスは、神のことば(福音)が人に伝えられ
ることを種まきに、そしてそれを聞いて主を信じ、従う人
が起こされることを刈り入れにたとえて語っておられます。
 このとき、福音を聞いて主を信じるようになる人たちを
神様はサマリアにもすでに備えておられたのです。
 引用なさった「一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れる」
(37)とのことわざを通しても主イエスは神のことばを種、
宣教の働きの祝福を刈り入れにたとえて語られました。
 かつて旧約時代の多くの神の預言者たちが、イスラエル
の民に神のことばの種をまいてきました。
 そして、洗礼者ヨハネは直接、イエス様を救い主と証し
しました。    (ヨハネの福音書3章29-31節p176)
 さらに主イエスは宣教のため遣わされた弟子たちに「…
ほかの者たちが労苦し、あなたがたがその労苦の実にあず
かっているのです。」と仰られました。(38)
 サマリアの女性を通してまかれた福音の種を通して、
主イエスを信じる人たちが起こされ、後の使徒たちのサマ
リア宣教も祝されました。(使徒8章14節p248)
 主イエスは十字架と復活による救いのみわざによって、
世界中に、神様のご愛と御力の種をまかれました。その
結果、弟子たちの宣教によって、主イエスを信じ、従う
多くの異邦人が起こされたのです。
 私たちは、主イエスの成してくださった救いのみざわ、
そのご労苦の実にあずかっているのです。

結 論)後に、主イエスは「わたしがいのちのパンです」と
言われます。(ヨハネの福音書6章35節p189)
 主ご自身、そして聖霊と聖書のみことばが、私たちにと
っての食物(「霊の糧(かて)」です。
 祈りとみことばを通して、主イエスとの交わりを深め、
ご愛と御力をいただきましょう。
 現在の世界中の教会、日本の教会、そして私たちの教会
も多くの先人の「労苦の実にあずかって」います。
 そのことを感謝して受け止め、私たちも主イエスを信じ
従う人たちが起こされること、神の民が新たに加えられる
ことを喜びとし、福音宣教の働きを続けてまいりましょう。