すると、イエスは両親に言われた。「どうしてわたしを捜されたのですか。
わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。」…
イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。 ルカの福音書2章49、52節(p.112-113)
序 論)ユダヤ人の社会では、男の子は13歳になると大人の仲間入りをしました。
イエス様が12歳になられた時のことです。イエス様は両親のヨセフとマリアと一緒に
エルサレムに出かけられました。(41-42)
ナザレの町に住む親戚や近所の人たちと一緒に、皆で旅をしました。男の人同士、
女の人同士、年齢の近い人同士がグループになり、行列になって歩きました。
毎年春に行われる過越の祭りを祝うためでした。
祭りの後に起こった出来事と主イエスの言動を通して示されることは…
本 論)宮に残られた主イエス
エルサレムを出発して一日が経った頃、ヨセフとマリアは、イエス様がいないこと
に気づきました。それまでは、行列のどこかにいると思っていたのです。(44)
両親は道を引き返しながら捜して歩きましたが、見つかりません。とうとう
エルサレムまで引き返しました。(45)
二人は三日後に、エルサレムの神殿に行き、そこでやっとイエス様を見つけたの
です。イエス様は律法の教師たちの真ん中に座って、話を聞いたり、質問したりして
おられました。(46)
彼らとのやりとりの中でのイエス様の質問や答えを聞いた人々は少年イエスの
知恵と答えに驚嘆したのです。(47)
2、主イエスの最初の言葉
両親は、神殿におられるイエス様の姿を見て驚きました。マリアは、イエス様を
見つけて安堵したことでしょう。しかし、思わずイエス様を叱りました。(48)
するとイエス様はお答えになりました。(49) これはイエス様の公生涯以前の唯一の
福音書の中に記された言葉です。そして、このルカの福音書の中で、イエス様が語ら
れた最初の言葉です。
原文ではマリアの言葉「お父さん(あなたの父)(ヨセフ)」(48)とイエス様の言葉
「自分の父(わたしの父)(父なる神)」(49)が対比されています。
「自分の父の家に」(49)の原文は「わたしの父が所有するものの中に」という意味の
言葉が使われています。直接にはこのときおられた「宮(神殿)」を指して言われたと受
け止めることができます。そして、この言葉は、後に主イエスによって神様がなそうと
されるご計画があることを暗示するものでもありました。
イエス様の言葉は、ご自分が神の御子であることの宣言でした。そして、神様から
与えられた救い主としての特別な働き(使命)があることもご存じでした。
しかし、ヨセフもマリアも、イエス様のおことばがどういう意味か、この時はまだ
理解できませんでした。(50)
それからイエス様は、両親と一緒にナザレにお帰りになりました。(51)
その後もイエス様は、「両親に仕えられ」(51)ました。家でマリアを助けたり、兄弟
たちの面倒を見たり、大工のヨセフの仕事を手伝われたことでしょう。
イエス様は神様に愛され、また周りの人々に愛されて、さらに成長していかれま
した。(52)
公生涯でのお働きを始める時が来るまで、両親に仕え、周りの人たちを愛し、備えの
ときを持たれたのです。
結 論) イエス様は、神様を「わたしの父」と呼ばれました。そして神様に祈られる
ときも「父よ、…」と呼びかけて祈られました。
弟子たちに「主の祈り」を教えられたときも、「天にいますわれらの父よ」
(マタイの福音書6章9節p8)、「父よ」(ルカの福音書11章2節p106)と神様に親しく
呼びかけて祈るように言われました。
主イエスの成された十字架と復活による救いのゆえに、イエス様を信じる私たちも
「わたしたちの父よ、…」と神様に呼びかけ、祈ることができるのです。
父なる神様を心を合わせて礼拝し、祈りをささげましょう。日常の生活の中でも、
あるいは一人でいるときも、神様の御前に出て祈るときを持ちましょう。 (マタイの福音書6章6節p9)
主イエスと共に父なる神様に祈りながら歩んでまいりましょう。