使徒行伝16章16~40節

それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。 ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。 それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。
使徒16章30-32節 (p.209)

序 論)パウロは、幻の中でマケドニア人の叫びを聞き、シラスたちと共にアジヤ(トロアス)から、ヨーロッパ(マケドニヤ地方)に渡ります。そして、ピリピに向かいます。(9-12)。そこで出会った紫布の商人ルデアとその家族が主イエスを信じました。(14-15) 
  その後、パウロたちに起こったことを通して示されることは…

1、獄中のパウロとシラス
  パウロたちは、祈り場に行く途中で、占いの霊につかれていた女性に出会い、彼女から霊を追い出します。(16- 18)。
  ところが彼女を利用して利益を得ていた主人たちはこのことを怒り、パウロたちを役人に引き渡し、長官たちに訴えました。(19-21)
  彼らはむち打たれ、獄屋に入れられてしまいます。(22-24)
  無実の罪での入獄、不当な仕打ちにも関わらず、真夜中までパウロとシラスは神様に祈り、賛美を歌い続けました。囚人たちもそれに聞き入っていました。(25)
     そのようなとき、突然、大地震が起こり、獄の戸が全部開き、みんなの者の鎖が解けてしまいました。(26)
     彼らには何もできなくても、生きておられる神様が道を開いてくださったのです。

2、獄吏とその家族の救い
  獄吏(「看守」新改訳)は、囚人たちが逃げ出したと思い込み、責任を感じて自害しようとしました。しかし、パウロは彼に向って叫びます。(27-28)
     すると獄吏は、獄に駆け込み、パウロとシラスの前にひれ伏して言いました。(29-30)
     「先生がた」(30)は原文では「主たちよ」と訳せる言葉です。獄吏にとって二人はもはや囚人ではなく、尊敬すべき先生でした。
  「救い」への真剣な求めに対して、パウロたちの答えは「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます。」でした。(31)
     彼らは、神の言、すなわち福音を獄吏やその家族に語って聞かせました。彼と家族は洗礼を受けました。そして、パウロたちを自分の家に招きました。(32-34) 彼は、自分と家族が主イエスを信じる者とされたことを全家族と共に喜んだのです。
  夜が明けると、長官たちは二人をひそかに釈放しようとしました。(35-36)
     ところが、パウロはそれに反対し、自分たちが「ローマ人」(「ローマ市民」新改訳2017)であることを初めて公表しました。(37)
     当時、ローマ市民は法によって手厚く保護されていました。パウロたちが自分たちの釈放に当たって、改めて権利を行使したのは、自分たちの体面のためではありませんでした。それは無実の罪であったことをはっきりさせ、伝道者の名誉回復によって、ピリピのキリスト者の集い(教会)がより大きな信頼と祝福を得るためでした。
  長官たちは、パウロたちがローマ市民であると聞いて恐れ、自分からやって来て、二人にわび、町から退去してくれるように頼みました.。(38-39)
  こうして獄から解放された彼らは、ルデヤの家の教会に集う兄弟たちを励まして、ピリピを去りました。(40)

結 論) ピリピでの投獄、大地震、獄吏の救い、獄からの解放と一連の出来事の中でも彼らと共におられたのは主イエスでした。
  そして、このお方は、今も、苦しみのときも喜びのときもいつも私たちと共におられます。
  獄吏とその家族が救われるためには、イエス様を救い主と信じると同時に、福音を聞き、主がどのようなお方かを知ることも必要なことでした。(31-32)
  私たちの歩みの中にも多くの悩みや苦しいことがあります。でも神の御子、主イエスを信じ救われた者には、困難の中でも賛美と主にある喜びが与えられます。これは救いを受けた者の大きな恵みです。
  主イエスの愛と赦しをいただいて、周りの人に愛と赦しの心を持って接していくとき、主の救いを受ける人が起こされ、共に神様を賛美し、主を喜ぶ幸いに導かれます。
  主イエスを信じ、神様の愛と御守りの中で歩んでまいりましょう。