使徒行伝7章1~16節

  そこでは、遺産となるものは何一つ、一歩の幅の土地すらも、与えられなかった。ただ、その地を所領として授けようとの約束を、彼と、そして彼にはまだ子がなかったのに、その子孫とに与えられたのである。…族長たちは、ヨセフをねたんで、エジプトに売りとばした。しかし、神は彼と共にいまして、 あらゆる苦難から彼を救い出し、エジプト王パロの前で恵みを与え、知恵をあらわさせた。… 
 使徒7章5、9-10節(p.190)

序 論)ステパノは、議会(サンヘドリン)で一人さばきの場に立たされ、神とモーセの律法、神殿を汚す者として訴えられます。(6章11-14節 p.189) 大祭司の問い(1)に、ステパノはイスラエルの歴史を語りつつ、キリストを証しし、宗教指導者たちやイスラエル民族の罪を指摘します(2-53)。今回の箇所を通して示されることは…

1.神様はアブラハムを愛し、選ばれ、呼び出された
   神様はイスラエルの救いの歴史をアブラハムを召命されることから始められました。(創世記12章1-9節p.13) 神様はアブラハムに語りかけ、アブラハムは神様の約束を信じ、従います。まだモーセの律法も、神殿もないときに神様は救いの御計画を立てられ、救いの歴史を導かれました。すべては神様のご愛とあわれみ、選びから始まったのです。 「あなたの土地と親族から離れて…」(3)は、アブラハムが地上の寄留者(旅人)として召されてことを示しています。目に見える保証は、何一つ与えられませんでした。彼に示されたのは、ただ、神様の救いと祝福の約束だけでした。  (4-6) アブラハムは、この約束のみ言葉を信じて、旅立ち、歩んだのです。
  6-7節は、神様がアブラハムと結ばれた契約の言葉です。  (創世記15章13-14節 p.16) 神様の救いの約束は、 400年に及ぶエジプトでの奴隷の苦役の末に実現することになります。  「…この場所でわたしを礼拝するであろう。」(7)は、アブラハムの召命と旅路の目標が、神様を礼拝することであることを示しています。そして、約束のしるしとして「割礼」(8)が与えられます。
  私たちも主イエスの十字架の死と復活を知り、主イエス  を信じ、新しい人生の旅立ちをしました。そして私たちは神様を礼拝し、主イエスと共に生きる者なのです。  

2.神様はいつもヨセフと共におられた
  アブラハムの孫ヤコブには12人の息子が与えられました。下から2番目の男子がヨセフです。ヨセフは兄弟たちに妬まれてエジプトに奴隷として売られてしまいました。   しかし、神様は彼を離れず、あらゆる苦難から助け出され、ついには「宰相」(エジプト全体を司る大臣)にまでして下さいました(9-10)。(創世記39章~41章等)
  このことが、後に大飢饉が起こったとき、ヤコブの家族や親族がエジプトに逃れて生き延びるための備えとなったのです(11-16)。(創世記42章~47章等)
  自分の兄弟であるヨセフを妬んで奴隷に売り飛ばすという兄弟たち(人間)の深い罪により、悲惨な状況の中にヨセフは投げ込まれました。しかし、主なる神様は約束を与えて下さった者たちを離れず、共にいて下さり、人間の罪や悪だくみをも用いて約束を果たして下さったのです。
  ヨセフの生涯や出来事は、後にこの世に来て下さる救い主イエス様のご生涯や成される救いのみわざを示す「型」です。ヨセフは、無実の罪で牢獄に入れられるという苦難に遭いましたが、神様は、彼を宰相という立場にまで、高く挙げられ、イスラエルの民の救いの源となりました。
  イエス様は、宗教指導者たちに妬まれ、弟子に裏切られ、十字架の死にまで降られました。しかし、神様はそれによって十字架による救いを成され、イエス様を復活させられ、天にまで挙げられました。今は、主イエスを信じる私たちにも聖霊によって主が共にいて下さるのです。

結 論)ヤコブが天に召された後、ヨセフの兄弟たちは、 ヨセフが自分たちに復讐をするのではないかと恐れます。 (創世記50章15節 p.72)
しかし、兄弟たちをすでに赦し、愛していたヨセフは兄弟たちにこう告げます。「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。」 (創世記50章20節 p.73)
主イエスを信じ、従う私たちにも時には苦難の日々があります。でも、神様は大きなご計画をもって私たちの歩みを導き、最後には大きな祝福を与えて下さるのです。
 「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」 
 (ローマ人への手紙8章28節 p.243)
「万事を益となるようにして下さる」神様を信頼して、歩み続けましょう。