ルカによる福音書16章1~13節

ところが主人は、この不正な家令の利口なやり方をほめた。この世の子らはその時代に対しては、光の子らよりも利口である。 またあなたがたに言うが、不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。そうすれば、富が無くなった場合、あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう。   ルカ16章8-9節 (p.117)

序 論)イエス様はご自分を批判した宗教指導者たちに対して三つのたとえ話で応えられた(15章)後、弟子たちにたとえ話を通して教えられました。「不正な家令(抜け目のない管理人)のたとえ」によって示されることは…

本 論)1.私たちは光の子とされている
ある金持ちのところで使われていた家令(管理人)がいました。その人が不正をしているようだということを誰かが主人に告げました。それを聞いた主人は、家令を呼び出し、 「あなたの会計報告を出しなさい。もう家令をさせておくわけにはいかないから。」(2)と言います。
この家令は、いろいろ考えて(3)、「そうだ、わかった。」と主人に借金をしている人たちを呼び出しました。そして「油百樽(約3,700リットル)」の証書を50樽(約500万円)、「麦百石(一石は1000合)」の証書を80石に書き変えさせました。(4-7)
管理人は「こうしておけば、職をやめさせられる場合、人々がわたしをその家に迎えてくれるだろう。」(4)と考えました。これは不正です。ところが、その主人は、「この不正な家令の利口なやり方」をほめました(8)。
管理人は自分が経済的に困らないように、生き残るためにどうしたらよいか懸命に考え、実行しました。「この世の子ら」はたとえの「不正な家令(管理人)」に象徴されるような、この世の支配原理(競争社会、経済的利益中心)に従って生きている人たちのことです。彼らの関心ごとの中心は「その時代に対して(自分たちの世のことについて)」だけで、「神の国」のことには心が向いていません。
しかし、主イエスの弟子たちは、「闇(罪の世)から光へ」移され(使徒行伝26章18節 p.226)、光の子とされた者たちです。主は彼らにそして私たちに、この世の子らが自分たちの世のことについて熱心である以上に、神様からの救いにあずかった恵みを覚え、神様の願いを果たすことに熱心でありなさいと言っておられるのです。

2. 私たちは永遠の住まい(天の御国)に迎えられる
「不正の富」(9,11)は「不正な手段で得た富」という意味ではありません。新共同訳聖書では「不正にまみれた富」と訳してあります。これは、当時のユダヤ教のラビ(教師)の用語法で、「この世の富」を「不正の富」と言っていました。ですから9節は「また、あなたがたに言うが、この世の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。」(9a)と仰っているのです。
不正な管理人は、知恵を用いてごまかし、何とか生き延びようとしました。神の子たちは、知恵を正しく用いて、この世の富を自分自身のためにだけ使わないで、友だちをつくるがよい、と言われます。それは貧しい人に施すことを言っておられるのです。
神様は、孤児や寡婦(やもめ)を憐れみ顧みて下さいます。(詩篇68篇5節 p.804)
神様はそのような人々を愛し、顧みていて下さるのですから、この世の富を用いて貧しい人たちに施すことが、神様に仕えることになるのです。
さらに、そのようにこの世の富を用いるならば、「富がなくなった場合、あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう」(9b)と言われます。「富がなくなった場合」とは富(お金)が人の役に立たなくなるとき、すなわち私たちの地上の生涯が終えるとき、のことです。そのとき私たちは「天の住まい」(天国、天の御国)に迎えられます。友だちや貧しい人々が私たちに永遠の命を与えるのではありません。そのような人たちに仕えることは、神様に仕えることでもありますから、神様が報いて下さり、永遠の命をお与え下さるのです。
ここで、イエス様は地上の富を用いて、天に宝を積む心をもって貧しい人たちに施しなさい、と言われています。
私たちは、たとえ何億あっても、どんなに巨大な財力を持っていても、天の住まいにそれを持っていくことはできません。神の国のため、神様の喜ばれることのために、この世の富を使うべきなのです。

結 論)私たちも、主イエスの救いの恵みにあずかり、「光の子」とされた者です。      (エペソ人への手紙5章8節 p.306)「この世」に生きる光の子らは神様から委ねられた「財産の管理人」です。私たちは、この世の富を賢く管理し、「永遠の住まい」に行く備えのために活用してまいりましょう。
「小事」(10)、「不正の富(この世の富)」(11)、「ほかの人のもの(この世の富)」(12)に忠実な者に、神様は「大事」(10)、「真の富」(11)、すなわち神の国の宝、永遠の命を「あなたがたのもの」(12)として与えて下さいます。  ジョン・ウェスレー(1703-1791)は、「商売をしている人は儲けなさい。勤労している人は蓄えなさい。神の国の御用のために思い切ってその富を用いさせていただいて、宝を天国に積みなさい。永遠の朝(あした)、神様から喜んでいのちのご褒美をいただくことができるような、賢い生き方をしなさい。」と言いました。
私たちは、神様と富に兼ね仕えることはできません。(13節) 私たちの衣食住を保証し、与えて下さるのは神様です。神様への感謝を持って、この地上の富を、神の御国のために用いさせていただきましょう。
(参考) ウェスレー説教50 ルカ16章9節「金銭の使い方」
説教51 ルカ16章2節「良き管理人」